キャトルドライブとはかつて、アメリカ合衆国南部から北部まで1600km以上もの距離をウシ・ウマ・ヒトが移動する「キャトルドライブ」というムーブメントがありました。

1866年から1886年頃、南北戦争が終結した時期のことです。まだ鉄道網が整備されていなかった南部テキサス州を北上し、中西部カンザス州、さらに北のワイオミング州まで、鉄道の駅を目指してウシの大群を追いながら輸送していくというものでした。

駅から東西に延びる鉄道の行先はいずれも食肉の需要が大変高く、ウシの輸送は重労働であっても高報酬だったといいます。さて、1600km以上にも及ぶ長旅ですから、人間は疲労困憊します。

命を落とす者や、脱走者も絶えなかったそうです。しかし、当のウシたちにとってはどのようなものだったのでしょうか。

家畜であるウシ、そもそもどれだけ歩くのか

そもそも、放牧されているウシたちは1日にどれだけの距離を移動しているのでしょうか。気候も種類も異なってまいますが、北海道大学の研究によると、1日に5kmから7km程度は草を求め動き回っているようです。

(参考: 放牧牛群の占有面積の日内変化 : HUSCAP, “http://hdl.handle.net/2115/48893″)

牛 移動距離

キャトルドライブでは

さて、大変な距離を移動するキャトルドライブですが、その速度はどうだったのでしょうか。出そうと思えば1日

40kmほどは出せるものの、実際には1日に24kmほどに「抑えて」いたそうです。というのも、せっかく育てたウシが旅路でやせ細ってしまっては食肉としての価値が落ち、意味がないためです。

(参考: Cattle drives in the United States, “https://en.wikipedia.org/wiki/Cattle_drives_in_the_United_States”)

意外と快適……だったのかもしれない

さて、ウシにしてみると普段の4倍もの速足を強いられていたことになります。さぞ過酷な旅路だっただろうと思ってしまいますが、そうでもなかったとも考えられます。

というのも、前述のように、道中ではウシたちこそが何より大切にされたためです。24時間体制の警備のおかげで、捕食者の脅威は無し。繰り返されるうちに経路が確立されてくると、常に新鮮な草も保証。出発前より肥らせることすら可能になっていったそうです。

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まとめ

牧場の牛たちを1000kmも2000kmも追う、と聞くと驚いてしまいますが、遊牧あるいは移動式牧場と考えると、そう過酷な旅ではなかった……のかもしれません。少なくともウシにとっては、ですが。

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